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<蜃気楼の村>

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ヒュージハルトは昨晩のことを思い返していた。
 
悪魔の一件があった後、ヴィアヌダルシュたちは一先ずアレスレクトの村を訪れ、一晩泊めてもらうことにした。村らしい木々で作られた素朴な家々と、かったつな村人たちは畏れ多いとしながらも快く彼らを受け入れてくれた。

そうして、村の中で迎える夜。暖かい暖炉から薪が爆ぜる音がする。濃い闇の中、橙や黄の彩を見せる炎が部屋をやんわりと明るくしていた。暖炉の傍で小さな椅子に座るヒュージハルトと向かい合うようにして、揺り椅子に腰かけたヴィアヌダルシュが視線を移した先にはレスとすっかり小さくなって可愛らしくなった悪魔がすやすやと寝息をたてていた。

「ヴィアヌ神、やはり貴方様は天界に起こることを全て知っていたのですね。その上でこうしてここにいらっしゃる」
ヴィアヌダルシュに連れ出された時から何かしらの予感はあったのだろう。ヒュージハルトは何時にも増して落ち着き払っている。ヴィアヌダルシュは勘繰られてはいまいと高を括っていたようで、彼の冷静な発言に肩を竦めた

「あちゃー。バレてたか…。でも、全部じゃないよ。これからどうなるかなんて分からない。あの子の存在もどう左右するのか、全くの未知数だしね」
「それでも、天界の王子と魔界の番人が共にいると確信しておられるのでは?それで私を呼ばれたのでしょう」

炎の光に当たったヴィアヌダルシュの横顔が恐ろしいほど美しく夜の帳に浮かび上がっている。

「そっ。勘が鋭い。ま、レスちゃんにも城まで行けって言ったしね。そこまで分かっているなら言わなくてもいいと思うけど、哀れな王子の友である君の話しになら、王子も少しは耳を傾けてくれるんじゃないかと思ったって訳さ」
ヒュージハルトと天界の王子クレンテは旧友で、それなりに交友関係がある。先日に天界の王、つまり、クレンテの父が亡くなってから彼は精神的に脆い状態となっていたようだ。まだ王位継承は行われていない。

「では、最高神が天界を切り離そうとしているという話は…」
「事実だ」
「…」
下界同様、天界も神の寵愛から弾かれてしまうのか。それとも、支配から逃れられるというべきなのか。

「天界を守るために魔界の番人と王子が結託を?」
「んー。まぁ、今のところはそう見えるかな」
ヒュージハルトはあまり納得したような心持ではなさそうだ。しかし、彼には他にも気になる点があった。

「王子は婚約されていたのでは?」
変な意味でいうのではないが、魔界の番人レチェカはまだ少し幼さが残るものの女性だ。クレンテとも歳が近かったはずである。それに、婚約者がいるのなら説得はヒュージハルトよりも、その婚約者に頼む方が筋が通っているように彼には思えた。

「あぁ。アラキナ神とね。彼女はどうしたのかな…」
何となく歯切れの悪いヴィアヌダルシュは、もう一度レスの方を見て、それとなく話題を変える。

「ヒュージス、レスにかかった呪術のことも頼まれてくれないか。この村の先にあるアレクセルの村で、彼女に関わる何らかの事件が起きているはずだ」
そこでヴィアヌダルシュが眉間に皺が寄るほどぎゅっと強く目を瞑った。

「ヴィアヌ神、今日はもうお休み下さい。力を使い過ぎです」
ヴィアヌダルシュは不敵な笑みを見せるが、すぐに表情を曇らせた。

「…アレクセルで君と同じ気配を感じた」
「私と?天使もいるということですね」
「あぁ。ただ、何というか、その気配を感じたときに陰鬱な気分になった」
ヴィアヌダルシュは苦々しい表情のまま応える。それで、ヒュージハルトは察しがついた。

「…黒天使」
白天使とは対になる漆黒の黒天使。天界の人々は彼ら黒き天使を忌み嫌い、遠ざける。遠ざけるだけならまだいいが、時には暴力に走る者もいる。

「…。まったくもって嫌な話しだ。黒天使たちにまで罪を着せることはないだろう?俺は最高神の考え方が分からない。…神様として失格かな」
最高神は黒天使が受けているあらゆる不遇や暴力を見て見ぬ振りをしている。確かに、最高神に起こった事件のことを思えば無理もないと考えられるものかもしれないが…。ヒュージハルトにはその一件について腑に落ちないところがあった。もしかするとヴィアヌダルシュも同じ結論に至っているのかもしれない。
 

「ヒュージハルトさん?」

考え込んでいたせいで、レスの声が耳に入っていなかったようだ。

「失礼しました。何でしょう?」

今日も清々しい森の中。木々の間から溢れる陽光が至る所に斑な模様を作り出している。アレスレクトからアレクセルへ向かうことになったが、ヴィアヌダルシュは同行できないということになった。
「やらなきゃいけないことがあるからさ、頼んだよ。それに、その内追いつくから。…え?ちゃんと行くって!約束するよ!」とのこと。

「ヴィアヌさまは村や町に行けって言ってたけど、どれくらいかかるんですか?」
少し不安そうなレスにヒュージハルトは優しく言葉を掛ける。

「そう考え込まなくても大丈夫ですよ。この世界は神界や下界に比べて遥かに小さく、人が住める場所に至っては、村や町、城を合わせても五つにも満たないのですから。単に一周するだけであれば、人の足でも二日か三日掛程度かるか掛からないかといったところです」

レスは目を丸くして驚いた。
「そんなに小さいんですか」

レスの足元でちょこちょこと頑張って歩いている悪魔がクワァと訴えかけるように鳴く。
「勿論、魔界よりも断然小さいですよ」

悪魔に話し掛けるヒュージハルトを見て、レスはパッと表情を明るくする。

「あ、ヒュージハルトさん、わたし、この子に名前を付けてあげたんです」
レスは悪魔を抱えてヒュージハルトに向き直った。
「クワァって鳴くからクアちゃん」
悪魔ことクアは満足そうにクワァと鳴いた。

「なるほど。良い名ですね」
「これからはクアとがんばりますので、よろしくおねがいします」
「こちらこそ。アレクセルへはもうすぐです。頑張りましょう」
 
 
森の中をやや北上しながら西へ進むと、アレクセルという村に着いた。アレスレクトと名前が似ているのは、元々一つの村だったアレスレクトから分割して出来た村だからである。
麗らかで鮮麗された日差しの中、思考が凝らされた家々が輝く。明らかにアレスレクトよりも発展しており、家の戸数こそ少ないが、村とは思えないほどの光景だ。

…しかし。

「何だかおかしくないですか?」
「私もそう思っていたところです」

それだけなのだ。美しい日差しと家々だけ。風がざわめき、木々の葉が擦れ合う音も、忙しい虫の声も、鳥が囀り、羽ばたく音も聞こえない。表には村人の気配もない。有り得ない程の無音で満ちている。まるで蜃気楼のようだ。実体があるようにして、本当はないのかもしれない。そう錯覚してしまえる程の村。

「…。一軒一軒尋ねてみましょう」

家の戸数は十数軒で、それほど時間は掛からなかったはずである。家の中はどこもかしこも人気がなく、しんとしていた。ただ、生活をしていた痕跡は残っていて、朝食がそのままであったり、洗濯物が干されていたり、裁縫道具が出され縫いかけの服が放置されたりしていた。

「生活をしている最中に人々が忽然と消えた。という表現が一番しっくりくるような有様ですね」

最後に訪れた家には、子どもがいたのであろう。おもちゃやスケッチブック、クレヨンが散乱していた。それらを窓から入ってくる日差しが柔らかく包み込んでいる。

「?ヒュージハルトさん、あれ…」
レスが何かを見つけ、拾おうとした時。

「クワッ!クワッ!」
クアが吠えるように鳴くのとほぼ時を同じくして部屋の中が真っ暗になった。

「な、何!?」
「レス、動かないで下さい」
ヒュージハルトにそう言われ、レスは身を縮めるようにしていたが、特に何も起こらないようだ。ヒュージハルトもそう思ったのか、警戒を解いて窓際の辺りへ移動していく気配がした。

「これは…。レス、こちらへ」
真っ暗な部屋の中を徐々に暗闇に慣れつつある目を凝らしながら、危なっかしく移動し、ヒュージハルトがいるほの明るい窓辺にたどり着くと、レスは自分の目を疑った。

「よ、夜??」
先ほどまで空には太陽があったが今は薄曇りのヴェールをまとった夜空の舞台で、小さな星たちが大人しい己の役を演じるように、きらきらと控えめに瞬いている。

「…かつて時を司ることは神にのみ与えられた義務でした」
ヒュージハルトが窓の外を凝視しながら静かに呟く。

「しかし、愚者戦争の後、神による負の力によって悪魔と化した動物たちの中にもその力を得たものがいるようです」
「それじゃ…」
レスの不安そうな顔にヒュージハルトは頷いた。
「用心して下さい。この村の悪魔は神の力を得ています」

沈黙と重い空気が重なる中、レスは先ほど見つけたもののことを思い出した。

「そうだ。羽どこにいったんだろ」
「羽?」
「黒い大きな羽があったような…。気のせいだったのかな?」
「…」


悪魔の力が定かではない今、無闇に行動を起こすことは危険だと判断し、ヒュージハルトたちは一旦村を離れた。すると、太陽と青空が夜空を突き破るようにして現れ、生き物たちの様々な声や音も聞こえ始めた。東よりに向かった先は、今までとは雰囲気が違う薄暗い森で、何所となくぎすぎすしたような感じがするあまり居心地のよくない場所だった。

「まさか、ここにも悪魔が…?」
ヒュージハルトの端整な顔が僅かに引きつる。

「ヒュージハルトさん…」
「大丈夫ですよ。ただ、森にまで悪魔がいるとは思わなかったものですから」
見た目はただの陰気な森だが、違いはすぐに分かった。

「白天使だ」
「悪魔だ」
「もうお終いだ」

囁き交わすように小さな声が交差する。この森には妖精がいるのだ。黒くて小さな妖精たちが青白い光を放ちながらフワフワと浮かんでいる。

「黒妖精たち、私は君たちの主を探しています。どうか力を貸して…」
ヒュージハルトが話し終える前に黒妖精たちは突然、ぞっとするような叫び声を上げ始めた。

「嘘だ!虚言だ!もう騙されない」
「お前たち白天使と神どもが奪ったものを忘れはしない」
「返して!返して!」

暗い森が、更なる闇を湛えたように悲鳴を上げる。ヒュージハルトはそれを振り払うように言葉を続ける。
「この森にいる悪魔も追い払います。このままでは間に合わなくなってしまいます」

今度は嘘のように黒妖精たちの叫び声がピタリと止んだ。キンとした耳鳴りのような音が耳に余韻を残していく。

「悪魔、そこにもいるよ」
「ぼくたちでも勝てそうな悪魔、そこにいるよ」
「ねぇ?何のつもり?」

レスは恐ろしくなってきた。感情がこもっていない黒妖精の声はまるで凍える刃物だ。

「この悪魔は危害を加えません。お分かりになるでしょう」

レスはクアを庇うようにして抱き寄せた。当のクアは好奇心旺盛に無邪気な眼差しで黒妖精を見ている。

「人間?人間だ」
「でも、ご主人様の気配、僅かに残ってるよ」
「ご主人様どこ?」

レスが困惑する中、ヒュージハルトは一拍おいて答える。
「アレクセルの村に」

再び絶望の叫びが木霊する。
「もう駄目だ。ご主人様は生きてはいない」

その言葉でレスは血の気が引いた。底なしの穴に落ちるような不安感が小さな胸を過ぎる。

蜃気楼のようなあの美しい村には一体、何が隠されているというのか。黒妖精同様、ヒュージハルトもそれを知っているのだろうか。

「止めてっ!死んだなんて言わないでっ!」
レスは自分でも、どうしてそこまで不安になったのか、よく分からないままにそう叫んでいた。黒妖精も驚いたのか何も言わない。

「今、あの村には恐ろしい悪魔がいると思ってまず間違いはないでしょう。それでも、私たちは黒天使殿が生きていると信じて探したいのです」

黒天使。レスの頭の中で、何かが引っかかった。先ほどの羽の主だろうか。だから黒妖精は気配がすると言ったのだろうか。

「…。あの村にいる悪魔、見た?」
「天使を食べてるよ」
「お前も喰われるかもよ?」

呪いの言葉のように黒妖精は言い募る。

「それならば、尚更早く助け出さなければいけませんね」
ヒュージハルトは冷静さを失わない。至って真面目に、そして真剣に黒妖精の相手をしている。

「本当かな?」
「また嘘かな?」
「嘘ばっかりだもんね」

埒が明かない堂々巡り。

「もういい!あなたたちのことなんか知らない!」
ついにレスは苛立ちを隠せずにいきり立ってしまう

「あ、人間怒った」
「ぼくらだって怒ってるんだ」
「白天使たちが神とどれだけえげつないことをしたか知ってて怒ってるの?」

先ほどからそればかりだとレスも向きになって言い返す。それに、神であるヴィアヌダルシュも白天使であるヒュージハルトも酷いことをするだなんて到底思えない。

「それとこれとは今は関係ないでしょっ!!」
本気で怒るレスをまじまじと見つめた後、また妖精たちが悪戯っ子のような囁きを交わし始めた。

「いいよ。知ってる事教えてあげる。詳しいことはぼくたちも分からないけど」

ようやくヒュージハルトとレスの思いが通じた瞬間だった。

「あの忌まわしい村には地下牢がある」
「そこを見つけて。きっとそこにご主人様がいるから」
「ご主人様が無事だったら戻ってきて」
「その後で悪魔退治をしてもらいたいの」
「今度こそ嘘は吐かないで。今度こそ裏切られたら、ぼくらもきっと悪魔になっちゃうから」

その発言を最後に妖精の気配が消えた。レスは呆気にとられているが、ヒュージハルトは馴れっこのようで、特に何も気にしていない様子。

「ようせいさんたちは何を考えてるのかよく分からないや」
「レスのお蔭です。助かりましたよ」

ヒュージハルトは薄らと微笑ようにして言ったが、直ぐに真顔に戻る。
「ただ、詳しい説明は追々致します。今は急ぎましょう」
 

アレクセルの村に戻ると、今度は朱色が空間を支配する黄昏寸前の夕暮れ時になった。この村以外はもうそろそろ昼になろうかという時間帯のはずである。

相変わらずしんとした村に入るのと同時に、それまで大人しくしていたクアが突然、毛を逆立てて軒並みをすり抜けて行った。

「!?クア!待って!」
あまりにも突然のことだったので、少し遅れてレスもクアの後に続こうとしたが、クアは途中で急に体の向きを戻し、ヒュージハルトの方へと突っ込んで行った。その時のクアの目は心なしか淀んで見えた気がする。

「クア!?」

ヒュージハルトは素早く反応して避けたため、何事も無かったが、クアは突っ込んだ後、その場に倒れてしまい動く気配がない。

「…!まさか」
クアはこの村の悪魔の気配に気付き挑もうとしたが、逆に悪魔の気にやられてしまったようだ。

「クアしっかりして!」
「レス!触ってはいけません!!」
ヒュージハルトの警告も空しく、クアに触れたレスも意識を失ったようにその場に倒れ込んでしまった。
 

ハッと意識が戻った時、レスとクアは石造りの背が低い建物の前におり、その建物と向き合うようにして立っていた。

「ねぇ、クア。わたしたちどうしたのかな?」
「クワァァ」
「これって、夢?」

「クワッ!クワワッ!!」
クアの警戒した鳴き声に驚き振り向くと、レスたちの背後に奇妙な生き物がいることが分かった。出っ張った目をギョロギョロさせ、緑色の鱗に覆われた爬虫類的な姿は、まさしくカメレオンだったが体中に鱗を覆い隠すような黒い羽が不揃いに生え、それが別の生き物の皮を被っているような印象を与える。何故かおぞましさを感じさせる歪な造形。

「な、何?あれ…」

「天使はどこだ?お前らは何だ?」
どうやらこの生き物は喋るらしい。ドロっとした粘り気のある気持ちの良くない声だ。

「も、もしかして、悪魔?」
レスの一言に目の前の生物は怒り心頭に発するという具合に猛り狂い、のた打ち回った。

「悪魔!?悪魔だと!?私が醜いと言うのかっ!?まだか?まだ足りないのか!?天使の血が!肉が!翼がっ!!!」

目の前の生物の生々しい言葉が恐怖を煽る。おぞましさの正体が知れた。黒妖精の話しは本当だった。レスは、気を失いそうになりながらも、やっとこさ立っていられる状態で、すっかり腰が抜けてしまっている。やはり、目の前にいる異形のものが悪魔なのだ。あの姿はきっと、天使を喰らい続けた成れの果てに違いない。

「私はここに天使が来るよう仕向けたのだ!お前ら、邪魔をしてただで済むと思うな!」

動けないレスに代わって、クアが勇敢に悪魔の前に立ちはだかると、尻尾の蛇の部分から燃え盛る火炎を吹き出した。

「忌々しい!」
悪魔が黒々とした大きな足で難なくクアを払いのけると、クアはレスの近くに転がってきた。

「クア!」

レスは、とにかく隠れたい一心で後先考えずに建物の扉へクアを抱えて飛び込んだ。

「クア、クア!大丈夫!?しっかりして!!」
「クワワ」
クアは何ともなさそうにレスの腕から離れると、濡れた時に動物がよくする水を飛ばすようなあの身震いをした。

「だいじょうぶみたいね」
レスはほっとしたが、すぐに安心できる状況でないことを思い出す。

「ど、どうしよう。中に入っちゃったけど…」
しかし、暫くしても悪魔が襲ってくる様子もなく、中は静まり返っている。

「…どうしたのかな?」
「クワ」
クアはてこてこと建物の奥に歩いていこうとする。
「クア!中は真っ暗だから…!」

すると、クアは尻尾の蛇に火を噴かせて辺りを明るくした。冷たい石壁が圧迫するかのように両脇を陣取っている。

「わぁ、便利なしっぽ!」
表に出る訳には勿論いかないので、レスもクアと共に建物の奥へ足を踏み入れる。

「何だかどうくつの中を歩いてるみたいだね」

何もない無機質な石壁の一本道が続く。先が暗闇に支配されているためか、永遠にこの狭い通路が続くのではないかという不安がない訳でもなかった。
 

レスが夢の中で悪魔の存在に気付く少し前に、ヒュージハルトは村の裏手の目立たないところにある朽ち果てた石造りの建物の前に居た。

「きっとここに連れてこられてるんじゃない?」
「夢の中で…ですか」

ヒュージハルトの傍らには、気の強そうな少女が佇んでいる。少女が嫌がったので、レスとクアはあの場所で眠ったままだ。危険もなさそうだったため、ヒュージハルトは彼女が提示した条件を承諾した。

「そうね。夢の中ならあの子も力を最大限に発揮できる」
彼女こそ、レスに呪縛を施し、天界が魔界同様の制限下になることになった原因の大本である魔界の番人レチェカだった。

「番人殿、悪魔をここへ連れ戻すことは可能ですか?」
「…。色々聞きたいことがあるんじゃないの?」

レチェカは話しを逸らせようと水を向けるが、ヒュージハルトは淡々としている。

「一介の白天使に話して下さいますか?」
魔界の番人は神ではないが、それなりに権力を持った特例の高等神族だ。天使よりかは位が高い。

「ふん。涼しい顔しちゃってさ」
「後にロスダカルトの城へレスと共に向かいます。お話しはその時に伺わなければ意味を成さないでしょう」
「あたし、番人とか魔女とかって言われるの嫌なのよね。それに、絶対に王子には合わせないわよ。何があったって絶対にね!!」

「それでは、話しを元に戻しましょう。レチェカ」
レチェカはじっとりと憎々しげにヒュージハルトを睨む。

「言っとくけど、ここにいる子はあたしが魔界から連れて来たんじゃないわ。最高神の差し金よ。天使を食べるなんて不細工なマネ、あたしなら絶対にさせないんだから」
ヒュージハルトは頷く。

「連れ戻したらその後始末はアンタが責任持ってやんなさいよ」
「ご協力感謝します」

レチェカは更に不満そうに顔を歪める。

「別にアンタ等の為にやるんじゃない。あの子が可愛そうだから楽にしてあげるだけよ」
レチェカは不服そうにしながらも、息を吸い込むと静かに語りかけるように口を開いた。

「負の力に取り付かれし魔の従属よ、我が魔界を支配する権限に則り、汝を強制的に召喚せん」

レチェカの足元に赤黒い魔法陣が浮かび上がり、周囲が黒く塗り潰されたかのように真っ黒になった後、ヒュージハルトとレチェカの目の前にカメレオンのような奇異で滑稽な姿をした悪魔が現れた。

「…あのクソ爺。あたしの可愛い子に何てことを」
ぼそっと早口で毒づいたレチェカの言葉をヒュージハルトは聞き逃さなかった。最高神の甘い言葉に騙され、在るべき姿から更に遠のいてしまった哀れな怪物は、生きることさえ殆ど敵わないと思えるような有様だった。

「きっと黒天使だけを喰わせたのね。生えてる羽が真っ黒だもの。このままだと、黒天使殲滅ってことになるかもよ」

さして興味もなさそうに彼女は言うが、ありえない話しではない。ヒュージハルトが最高神の考えについて考察していたことは、やはり見当違いではなかったことが明確になった瞬間だった。

「それじゃ、後はよろしく」
「命の保障は出来ませんよ」
レチェカは鼻で笑う。生かしておく気もないくせにと冷めた目で訴えられた。

「どっちにしろ、もうその子は長くないわ。異物を取り込み過ぎて自分の体を保てなくなってるから。アンタも見ればそれ位分かるでしょうよ。アンタの後始末はこの子の遺骸処理。アンタ等の言う浄化ってヤツね。あたし、その言い回しも大っ嫌い!偉そうにしちゃってさ!…さっさとやらないと取り返しのつかないことになるかもね。まったく。やってらんないわよ」
そして、レチェカはフッと煙のようにその場から姿を消した。

「ぐ、ぐぎょ、ぐぎょぎょ」
レスの夢の中のように流暢には喋ることなく、悪魔は気味の悪い鳴き声と生臭い悪臭を放ちながらヒュージハルトに向かって行く。
 
 
「行き止まりだ」

レスとクアが歩んでいた暗い一本道は、行き止まりという何とも興醒めな終わり方をしていた。

「うーん。変。ぜったい何かある」
レスは壁中をぺたぺたと触ってみるが、やはり何もない。

「…どうしよう。戻って様子見てみる?」
「クワワァ」
多分クアもそれに同意したのだろう。クアは、くるっと踵を返し、レスも未練がましく壁を睨みつけながらもと来た道を戻り始める。

「何かあると思ったんだけどなぁ」

次の瞬間。

「誰だ?」

レスの耳に誰かの微かな声が届いた。

「!?クア、今聞こえたよね!?」
「クワ?」
クアは、何事か把握出来ていないらしく、ぼーとしたような表情でいる。

「ぜったい聞こえたよ!ほら、耳をすまして…」
嬉々としていたレスだが、彼女の耳には信じられない声が響いた。

「どうして…どうしてこんなことに…!」

それは、少し違和感があるものの、間違いなくレス自身の声だった。
そうして、急に周りが白けてきたかと思うと。
 

「あら、気が付いちゃったの」

レスが目を覚ますと、そこは夕暮れ時のアレクセルの村だった。

「…あなたは?」
レスを見下すようにして立っている不機嫌そうな少女。

「ふん。あたしが忘れさせたとはいえ腹が立つわね。でも、あんたに名乗ってやる義務なんてないわよ」

その時、またレスの耳に声が届く。先程聞いた声ではなかったが、レスはそのままそれを反復した。

「れちぇか、やめるんだ…?」
「!」
「あなたはレチェカっていうの?」
少女は憎悪を剥き出しにしてレスの襟首を掴む。

「それ以上言ったら許さない!アンタにはその声の主が誰なのか絶対に分からないんだから…!分かる筈がないのよ!」

レチェカがレスを突き飛ばすとレスは咳き込んだ。レスはそれと同時に恐怖を覚える。

「さ、可愛子ちゃん。こんなの放っておいて行くわよ」
この言葉はクアに向けられているようで、クアはおどおどしている。

「何やってるの!さ、早く!」
「クア…」

レチェカは痺れを切らしたようにクアを抱き抱えると、「そこの家の先にある木々を突っ切って行くのね。そうすれば天使がいるでしょうよ」と言い残し、冷笑を浮かべてそのまま姿を消してしまった。

「!待って!クアを連れてかないで!!」
レチェカの心に届く筈もなく、レスの言葉は空しく宙を舞う。
 

怪物と化した悪魔の体は、取り込んだ…もっとはっきり言ってしまえば、食い殺した黒天使のせいで脆くなっていた。

「て、てんし…ううぅつくしく……」
うわ言を言う度に歪な皮が抜け落ちそうになる。レチェカの言う通り、もう限界だったのだろう。無理やり現実の世界に引き戻された脆弱な身体に神の力の反動はあまりにも大きい。

ヒュージハルトが浄化で葬ってやろうとした時、背後に気配を感じて振り向くと、そこにいたレスが恐怖か何かで顔を真っ青にし、空虚な悲鳴をあげた。

「レス!?」
ヒュージハルトは、もう一度悪魔へと視線を移す。また悪魔の皮が剥がれる。剥がれ落ちると同時にそれは、黒天使だった者の異常なまでに変わり果てた姿へと形を変えた。

「いいから続けて!」
少し目を離した隙に、ヴィアヌダルシュが、いつの間にかレスの目を掌で覆っていた。しかし、悲鳴は止まない。

「レスちゃんのことは大丈夫だ。それよりそいつを早く浄化しろ!このままだとヤバイ!」

ヒュージハルトはヴィアヌダルシュに頷きかけ悪魔に向き直ると、凛とした声で短く何かを呟いた。悪魔の周りが歪み始め、吸い込まれるようにして、一点の黒い塊へと収縮していく。ひとつの命の時が消え去り、大爆発を起こす前触れだったが、その前に何とか浄化で食い止め、悪魔だった黒い塊は光の粒となりキラキラと辺りへ散らばって消えた。
 

「俺の読みが甘かったみたいだ。ここまでレスちゃんを怯えさせるつもりじゃなかったんだけどな」
「…私の力が及ばなかったことも原因です」

ヴィアヌダルシュと合流したヒュージハルトとレスは、人が住んでいないと思われる家を借り、そこで休むことにした。家の中には若干の家具と非常食やらの細々したものが残されており、それらも少しばかり有効活用させてもらうことにする。

悪魔が消え、時が戻ったアレクセルの村の夜はひっそりとしていて、虫の鳴く声が家の中まで響く。
しかし、村人がまだ戻らない。戻るためのピースが足りない。

「まさか、番人直々のお出ましとはね」
「あの悪魔は最高神の手に因るもののようです。レチェカ本人から聞くことが出来ました」

ヴィアヌダルシュは深々と溜息をつく。

「確かに相当えげつないやり方だったからな。信じて間違いないだろう。それに、あの子は悪魔自体が害を被る事だけはしないはず」

レスは部屋の隅で膝を抱えて蹲っている。微かに体が震えているようだ。

「ヴィアヌ神、これからどうされるのです?」
「?どうするって?」
「レスのことです」
「何言ってるんだ。レスちゃんには予定通りロスダカルトで番人と再会してもらう」

あまりの無神経さにヒュージハルトは呆れた。

「どうしてそこまで…。魔界のことはどうなさるのですか?このまま魔界の悪魔を野放しにすることも出来ないでしょう。今は時間を掛けるべき時ではないと思いますが」
魔界のことは敢えて口出ししなかったヒュージハルトだったが、遂に不満として口走ってしまった。

「これには様々な思惑と神族の運命が掛かっているからね。一人でも脱落したら即終了。天界は最高神の策略によって切り離され、神界は最高神の思うが侭の世界になる。それに、魔界のことなら心配いらない。俺たちが何とかしなくちゃいけないのは、この時、この場所なんだ」

それは神族や天界人側の害であって、レスには関係がない。いや、そもそもレスはどうなるのだろう?それに、ここまで関わってしまったヒュージハルトとヴィアヌダルシュも只では済むまい。それにしても、最高神の策略とは大胆なことを言う。やはり、ヴィアヌダルシュもヒュージハルトと同じ結論に至っていたようだ。

ヒュージハルトとの話しは終わったとばかりに、ヴィアヌダルシュはレスへ話しを向けた。

「レスちゃん、明日またあの悪魔がいた建物に一人で行って欲しい」
レスはビクッと身体を縮める。

「ヴィアヌ神!それはあまりにも酷過ぎます」
「ヒュージスはいつからそんなに過保護になったんだい?もうあの場所に危険なものはなくなったじゃないか。それに、俺は初めからどんな困難があろうと必ず成し遂げて欲しいと言っておいたはずだけど」

「わたし、行きたくありません」
震える声で答えるレスの瞳は明らかにヴィアヌダルシュを非難している。

「まぁ、それは一般的な反応だと思うよ。でも、声の主のことはレスちゃんも気になってるんじゃないのかな?」
レスは大きく目を見開いた。

「声?」

「そう。レスちゃんにとって必要不可欠な声だ」
ヴィアヌダルシュは有無を言わせない美しい笑みをヒュージハルトに投げかけて呟いた。

「黒天使はそこにいる」

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